アメリカ版、干渉しすぎなおかん「センチュリーウーマン」

パパの分まで頑張るママ

ダウンタウンのおかんコントのように、やたらと子供に干渉したがる親。

呼んでもいないのに部屋に勝手に入ってきたり、何も要求していないのにお菓子を持ってきたり。

多感な時期の子供にとっては鬱陶しくも感じ、殺意を感じたりすることも。

親からしてみれば子供への愛情表現のひとつなのでしょうが・・・

おかんコントに出てくるようなガサツ感はないものの、先々を見据え子育てを試行錯誤するママ

ある意味、ガサツなママより面倒。そんな親に育てられ、もう大人ですを主張する息子。互いの気持ちが噛み合わないもどかしさが切なくて、切なくて胸を打ちます。

センチュリーウーマン

子育てを近所の女の子に委託

旦那と別れ、これまで一人で息子を育ててきた主人公のドロシー。息子、ジェイミーも中学3年生となり、昔に比べ衝突することも多く、喧嘩も絶えない。

自分の子育てに不安を覚えるようになり、多干渉が悪いかなと反省してみたり。

そこでドロシーは、同居している女の子と幼馴染の女の子に息子の世話役を依頼。私にはできない父親役になってくれになってくれというもの。

彼女たちに託せば、自分にはない新たな価値観で、息子を良き方向に導いてくれると思ったのでしょう。

センチュリーウーマン

お姉さん的な幼馴染の憧れ

教育係となった幼馴染のジュリー。毎晩、窓からジェイミーの部屋に押入り、事を起こすことなくただた添い寝。

とは言うものの15歳の男子ともなれば我慢しろというのも酷な話。

スカートに手を伸ばし、身体に触れようとすると、ジュリーから「セックスをしたらお友達は終わり」と嗜められる始末。

本心で言っているのか試されているのかどっちにも取れる返しに彼女への想いは募る一方

そんな彼女はと言えば、男をとっかひっかえ。特定の彼氏をつくることなく、あっけぴろげにジェミーに事の話をしてくれます。

行為中の必死な男の表情やら声を聞くと滑稽でたまらないとか、気持ちいいと思った事はないなど、独自の視点でジェミーに対して性教育を施します。

センチュリーウーマン

自分自身の開放

もう一人先生役に選ばれたのが同居しているフォトグラファのアビゲイル

言い回しがひどく哲学的。

例えば、男友達とはセックスの話では極力意見を同調させることをお勧め。その際のセリフが、「男は否定されるのが嫌いで幻想を好む」とか、想うように事が進まずモヤモヤしている彼に対し、「確かなものは、人生は予想とは違うものになる」とか。

中学生にはちょっと難しい感じはしますが、あえて合わせることなく大人扱いして振る舞います。

そして、ジュリーへの想いを後押し。思い切って一線を超えたらと勇気ある言葉を与えます。

センチュリーウーマン

取り残されたママ

もう立派なオトナだと主張する息子、ほっとけないママの衝突はある事件をきっかけに再発。そこでママの本心を聞き、愛されている自分に気づく息子ジェイミー。最後にホロッと来るシーンが待っています。

ジュリーとの恋の行方も。結末にただただ驚くばかりでした。

センチュリーウーマン