創業メンバーvs新参組があったとは。楽天

創業当時は50件にも満たなかって本当?

1997年創業の楽天。三木谷さんがネット通販はサーバー1個あればできるという非常にわかりやすい名言を残し、銀行を辞めて楽天を立ち上げました。

今や日本を代表するネット通販会社。売上高1兆円超えとい凄まじい勢いで今なお成長知続けています。

そんな無双状態と思える楽天でも立ち上げ当時は、出店店舗数は13店。そのほとんどが三木谷さんの知り合いだったとか。

目標の50件にも満たないという厳しい時期が長くつづきましたが、全国各地を周り、楽天自ら出店をお願いするどぶ板営業が功を奏し、その後は着々と出店数を伸ばしていきました。

当時は、楽天だけではなく競合他社も多く、その中で楽天が生き残ったのは他社にはない商品情報の更新のしやすさや自由に使えやすいシステム、出店者と購入者がコミュニケーションを図れるチャット機能などがあったから。

これって、これからビジネスを始める上で成功するためのヒントになると思いますね。利用者にいかに使いやすさと感じてもらえるのが肝だということ。

ブースターとなったネットバブル

楽天の転機となったのが2000年のネットバブル。スタートアップ企業が大企業になるか否かという分岐点を上手に乗り越えることができました。

それが外部人材の積極的な登用。その道のプロを多く集め、規模の大きくなった組織の管理を強化し、そして戦略的に事業を展開していくこと。

これがうまく移行がすることができず、内部分裂を起こして、せっかくのチャンスをつかみそこねてしまうスタートアップ企業が多いようです。

創業メンバーと新参組との確執

楽天の元に集まった外部スタッフは、楽天トラベルを育て上げた元ゴールドマン・サックスの方や今の金融事業の礎を築いた元オリックス・クレジット出身の方などなど。

錚々たるメンバーが楽天に集結し、さらに会社を大きくしていきました。

が、楽天も創業時のメンバーと新参組との間で対立があったようで、野武士vsエリート集団という構図で語られたいたとか。

が、そのような確執も既に過去の話のようでは、今ではそのような派閥争い的なものはなくなったようです。

まるでリクルート。人材の宝庫。

物凄いスピードで成長を遂げた楽天。企業としての魅力も高まり、優秀な人材が次々と楽天の門をたたき、そして巣立っていきました。

例えば、ゲームアプリのグリーの会長であったり、メルカリのCEO、キッズラインの社長や、ビジョナルの社長などなど。

人材の宝庫と呼ばれたリクルートのごとく、自分を磨く、将来起業したいと考える人にとっては魅力的な会社に映るのでしょう。

凡人にとってはただハードな会社にしか映りませんが・・・。

ワンマンじゃないんだ、楽天って。

今回、楽天のこれまでの歴史を知り、三木谷さんがワンマンで成り立っている会社ではないこと。

個々の事業は、その部門の長に任せているようで、これも楽天が成功した要因とも言えます。

けど、三木谷さんばりのカリスマ性がないと、このツワモノ達をまとめ上げるのはむりでしょうけど・・・。