日米貿易の作業別摩擦ネタあれこれ

TPPは締結されたけど・・・

2015年、TPPが締結されました。自国の産業を守りたいけど、輸出も伸ばして生きたい。そんな相容れない想い、関税という魔法の調整油で、何とか締結にこぎつけました。

今回の話のネタは、TPPよりも、よりスケール間の小さい2国間の話。米国と日本との間で起きた貿易摩擦を産業別に追ってみました。

当時繊維は日本の稼ぎ頭?

今聞くと、驚くばかりですが1950年代の日本の輸出製品と言えば繊維業。単価1ドルのブラウスってことで米国の繊維産業は日本に対し、危機感を覚えます。

米国の繊維産業から、猛反発を受け、日本は57年からの5年間、輸出の自主規制に追い込まれます。69年には米国での日本製シェアは、わずか2%。けど、日本バッシングはやまず・・・。当時大統領のニクソンは選挙を有利に進めるべく、日本製輸入措置を取ると言明。ますます苦しい立場に追い込まれたのです。

輸出が激減する中、繊維業界は技術の転用を試みます。東レは炭素繊維の開発に乗り出し、日清紡はブレーキ材料の育成に取り組みます。危難をきっかけに新市場の開拓を目指した両者。

今では、その市場が収益を支える柱になっているのですから、素晴らしい先見の明と言えます。

自動車も槍玉に

その後、自主規制製品は電化製品やクルマまでに及び、クルマは小型車の輸入制限などが進みました。この危難を自動車業界を徹底した現地化で克服。80年代から90年代にかけて米国に向上を建設。現地スタッフを雇用し、アメリカ経済の発展にも寄与。加えて競争力を高めていきました。

半導体はどうーよ

1986年、DRAMで世界シェアの78%を占めた半導体業界も日米貿易の摩擦ネタとして取り上げられました。こちらは閉鎖的な輸入姿勢をあらためよとの通告を受け、海外製品の輸出を受け入れることに。

これにより今や世界のトップの韓国がここぞとばかりに攻勢を仕掛けていくわけです。加えて大型コンピュータからパソコンへの移行期という市場を読み誤りも響き、日の丸、半導体は衰退の一途を辿ることになりました。

摩擦で強くなる産業、衰退する産業

このように危難をきっかけにさらに成長を遂げた繊維、自動車業界もあれば、衰退していく業界もあり、一様に自由貿易というものが、日本にとって全て良いものではなく、痛みを伴うものというのが正直な感想。

TPPにより、輸出入が活発化することで、成長する業界、衰退する業界ってのがどうしても出てくるんでしょうね・・・