朝鮮戦争にトルコが協力していた事実
時は1950年の朝鮮戦争。トルコ軍はアメリカの要請により朝鮮半島に軍隊を派遣することになりました。
作品の中では、アメリカの要請に真っ先に手を上げてくれたのがトルコ。ということもあってか、韓国の国民からは親トルコの方も多いようです。
という事実を知り、日韓ワールドカップ2002年の時に両者が3位の座をめぐって戦った様子を両国民はどんな思いで観戦したのか興味深いところです。
いつの間にか、トルコ語ペラペラ
朝鮮戦争では、親を戦争で亡くした戦災孤児が多くおり、その子達を受け入れる学校があったほど。
そんな戦災孤児を戦地で偶然にも発見したトルコ兵士。しばらくしたら施設に預けようと思いましたが、親を亡くしたショックから言葉を発することができなくなった彼女を不憫に思いしばらく一緒に過ごすことになりました。
ある日、上級士官の元、朝礼が行われている中、お決まりの人数確認で、それぞれが番号を読み上げる中、最後の番号の時に彼女がトルコ語で「54」と発話。
厳粛なムードが暖かい空気に一変。その言葉に仲間たちではあまりの感動でも泣くものもあり、彼女も戦争のショックから立ち直りつつあることに喜びを感じました。
殺伐とした空気を緩和。子供の笑顔
いつ敵の襲撃に会うかわからない前線基地の中で、彼女の存在は一時のやすらぎを与える存在となり、彼女に洋服を縫うもの、トルコ語を教えるものなどみんなして彼女のおもりをするように。
上官でさえ彼女の存在を認めるまでとなりました
離したくない、離れたくないに号泣
が、そんな暖かい日々もそう長くは続きません。彼にも帰国の命令がおります。
上官は彼女を施設に預けるよう指示され、泣く泣く彼女を戦災孤児学校につれていきます。
が、寂しくなった彼女は学校を抜け出し、彼の元に。彼女の「どこにも行かないって言ったよね」という言葉に、彼の理性は崩壊。
彼女を旅行バックに入れて、一緒にトルコに行くことを計画します。
この離れ離れになるシーンが、エンディングを迎えていないのに、涙がなくしてはみれないでしょう。
再会して欲しいと心から願う
彼の計画は船に乗り込む直前で、施設学校の先生の報告で失敗にに終わり、帰国後に再びに彼女に会うことを約束。
が、運命のいたずらか、その後60年間、彼女の消息は途絶えたまま。
このまま再会を約束した二人は出会うことができるのか。出会って欲しいと心の底から思いましたが、結果はいかに・・・
久しぶりに感動した作品でした。