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捲土重来を期した第8次十字軍だったけど。

200年の歴史の集大成

第1次十字軍から数えて200年のもの間続けられていた十字軍遠征。

今回紹介する8回目の遠征で終了となるわけですが、そもそもの目的は聖地イエルサレムの奪還。

振り返れば、この目的を達成できたのは第一次と第六次の2回だけ。部分的な開放を勝ち取った第三次も成功と数えると、8回チャレンジして3回成功という結果に終わりました。

第7回では、全軍が捕虜となる前代未聞の屈辱を味わい、メンタルはボロボロ。これまでの相手とは次元の強さを誇るマメルークとはもう戦いたくないというのが一般的な見方でしょう。

リベンジを誓うも呆気ない終わり方

なのに、再びマメルーク人との戦いを決意。十字軍側のボスは第7次十字軍の時と一緒のルイ9世。

惨敗した頃はまだ若かったものの、今はしっかりと人生経験を積み王様としての実績も十分。人生の花道として十字軍遠征を決めたのでしょう。

この御方、こうと決めたら即行動に移すという点では素晴らしいものがあります。

早速、チュニジアに上陸し、マメルーク勢の注意を西に向けようという戦略は良かったものの、疫病にかかりあえなく命を落とすことに。

しかも息子までも病気で失うという不運に見舞われ、早々に全軍撤退。

これといった戦いをすることなく地元に戻ってしまった第8次十字軍。イスラム教徒側の資料にも特にこの件に関した記述はほとんどなく、これまでの十字軍遠征とは異なるものと捉えているようです。

これを最後に、十字軍遠征は幕を閉じるわけですが、何とも消化不良な感じが否めません。

中東からキリスト教徒を一掃

一方、中東のマメルーク勢は、これまでの穏健なアユーブ朝とは異なり、キリスト教徒と敵対視し、中東の地から一人残らず地中海で沈めてやるという息巻く始末。

最後の砦となったアッコンの攻防は壮絶を極め、この戦いで、あのテンプル騎士団は消滅。他の宗教騎士団はキプロスに難を逃れ存続する道は残りましたが、損傷はかなりのものでした。

こうしてアッコンもマメルーク勢に制圧され、中東の地からキリスト教徒が一掃されたのでした。

教会の権威、失墜。中央集権化加速

この第8次十字軍遠征後、ヨーロッパでも大きな変化がありました。

これまで時の皇帝よりも強い権力を誇示していた教会側の権威が失墜。その立場は皇帝の管理下に置かれ、法王の選出にも彼らの意向が反映されるようになりました。

さらに場所をアビニヨンに移され、70年間この地で暮らすことを余儀なくされたのでした。

十字軍遠征がもたらしたもの。

そして時代は封建社会から中央集権化へと進みます。一番早かったのがフランスということで、領土統一がどんどんとなされていくのです。

これまではドイツとフランスで力の均衡があり、中央集権化が難しかったもののドイツの国力低下で、フランスの力が増し、中央集権化が加速しったのです。

この先の歴史が楽しみでなりません。

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相手が悪すぎたよ。第7次十字軍

第6次で平和が訪れたなのに再遠征とは?

フリードリッヒ9世率いた第6次十字軍により、聖地イエルサレムをイスラム教徒より奪還。

和平交渉も成功し、10年間は両者の間に平和が訪れたのですが、この契約期間が過ぎると、ほころびを見せるようになり、再びイエルサレムはイスラム教徒による支配に戻ってしまいました。

今度は法王も認めるルイ9世の出陣

こうして再びイエルサレム奪還に向けて十字軍遠征が計画されます。

軍勢を率いるボスは信仰心も深く、法王からもお墨付きをもらうほどのエリート中のエリート、フランス王ルイ9世

第6次十字軍、第3次十字軍を上回る軍勢を率いることもあり、圧勝に終わるのではというのが大方予想。

まずはエジプトを目指して進軍を進めていき、次々と時の王朝、アユーブ朝の守る都市を次々と撃破していきます。

対するイスラム側は混乱の極み

イスラム側のアユーブ朝は、ライオンハートことリチャード王のライバルとも言える英雄サラディンが建国した王朝。

それまで仲違いの多かったイスラム社会を一つにまとめるなど、サラディンの功績は非常に大きいものでした。

が、彼の死後数十年過ぎたこともあり、再び悪いくせが顔を出したのが内乱が勃発。そんな時に十字軍来るの報を聞き、これは対処しきれないということで和平交渉を切り出します。

好条件を一蹴。血を流してこそ十字軍

和平の内容はイエルサレムに加え、いくつかの都市も無血で引き渡すこれ以上ない好条件。

なのに、ルイ9世は、あっさりとこの条件を拒否。

あらためてアユーブ朝に対し、戦うことでイエルサレムを奪還することを通告。これって第5次十字軍時と一緒。

この時は、イスラム勢の反撃にあい、逆に十字軍側はまさかの撤退。無血でイエルサレムを手にする好機を逃したばかりか、さらにイスラム側に休戦を受け入れるための諸条件を提示する羽目に。

モンゴル軍をも倒した猛者。マメルーク軍を相手では・・・。

歴史に学べば、ここはイスラム勢の好条件を飲んだ方が得策に見えますが、勝ち戦が重なり士気もアゲアゲ状態。

勢いに任せて進軍を重ねた結果、とんでもない返り討ちにあい、とてつもない代償を支払うことになります。

十字軍の相手は、その後、アユーブ朝に代わりイスラム世界を支配するマメルーク人。とにかく戦がめっぽう得意。

アジア・中東を震撼させた、あのモンゴル軍さえも撃破したというのだから、相当な猛者揃いと言ってもいいでしょう。

で、結果は十字軍全軍が捕虜になるという前代未聞の結果に終わり、結果は大惨敗。

大勝利を手にしたマメルーク人は、この勢いをかって時の王朝も倒し、自ら施政権を樹立。

てな具合に、第6次十字軍は、キリスト教徒にとっては最悪の王朝を樹立させる、そのきっかけを与えることになってしまったのです。

あの時、条件を飲んで休戦に入っていれば、キリスト教世界、イスラム世界の歴史も大きく変わっていたことでしょう。

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悲運の王、フリードリッヒ二世。第六次十字軍

聖地イエルサレムを奪還したのに・・・

約8回にわたり行われた十字軍遠征。第一回目で見事聖地イエルサレムを奪還したものの、その後はイスラム教徒に再び奪われ、奪還に向けた遠征が始まりました。

第三回の時はイエルサレム奪還には至らなかったものの、キリスト教徒の巡礼も認められ安全もある程度担保されました。

が、都市奪還は成就できていないということで、ローマ法王のリチャード王評価はかなり辛口。

その後、4-5回目の遠征も失敗も終わり、永遠にイエルサレムは奪還できないかもと諦めていた矢先に見事にやってくたのがドイツの皇帝、フリードリヒ二世。

見事、聖地イエルサレムを奪還したのです。けど、これまたローマ法王の評価はリチャード王の時と同じ、いやそれよりも低い評価でした。

心証を悪くしたのがまずかった

というのも、ローマ法王から十字軍遠征を打診されるも、のらりくらいと言い訳をつけては中々、事を前に進めなかったことで心証を悪くしてしまったことが原因。

神聖ローマ帝国の皇帝に就任させたのに、全く動いてくれないフリードリヒ二世。

フリードリヒ二世側に言わせれば、これは全くの誤解。本人は粛々と十字軍遠征に向けた下準備を進めていたのです。

ナイル川専用の船の造船もその一つ。なのに全く出征の気持ちはあることは全く伝わらない。

お互いの心が通い合うことなく最悪の自体を招くことになります。

二度の「破門」を受けてざわつく民衆

この時代、絶対的な力を持っていたローマ法王。今では考えられませんが、時の王様よりも偉い。軍隊などは持っていませんが・・・。

ので、この権力をフルに使い、フリードリヒ二世を「破門」に処します。

加えてローマ法王は、破門した王の元、イエルサレムに遠征に行くのはまかりならん。参加するなという布令を出します。

あれだけ中東への遠征をせかしていたのに、全く逆の行動に出ます。

軍に参加する人々も、この布令に動揺する人もあり、参加を見合せる人も多かったとか。

とは言え、その多くは事ここにいたり、今さら引き返すこともできない。

ならば、フリードリヒ二世について戦う覚悟を決めました。

フリードリヒ二世も、そんな動揺を知ってか、別のものを遠征軍のトップに据えて混乱を抑えることに。

この一時からして、フリードリヒ二世の軍略、人心掌握に優れた人物であることがわかります。

戦うことなく和平合意したけれど

さらにはほぼ一戦を交えることなくイエルサレムという都市を無血でイスラム教徒から奪還したことは、彼の外交能力の高さを伺い知ることが出来る一時だと思います。

彼が取った行動は、手紙攻め。高圧的に出るでもなく、互いの国を尊重しつつ、イエルサレム周辺の平和を望むというトーンでアプローチしたのではないでしょうか。

この対応が好意的に受け止められたのか、状況的にはイスラム教徒が有利だったものの、この条件を飲むこととなったのです。

残念なのは歴史的に評価されいないこと

といったわけで、第二回から100年近く続くイエルサレム奪還作戦がここに成ったわけです。

キリスト教徒の悲願達成と一般市民は大喜びだったものの、ローマ法王は無血で奪還とは何事かと。血を流して奪還することに意味があるということで、この成功を全く認めてくれませんでした。

十字軍の歴史を語る学者の方々も、第六次十字軍の評価は低く、フリードリヒ二世の銅像も鼻の部分が削られているのを見るにつけ残念でなりません。

もう少し、評価されてもいいのでは・・・と思った次第です。

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ご当地戦士が大活躍?第5次十字軍

再び法王庁立つ。

何のための遠征だったのか?大枚はたいて船もいっぱい作ったのに、イエルサレムに向かうどころか、同じキリスト教徒の国を攻め、ヴェネチア共和国だけが得をしたという何とも奇妙な第四次十字軍。

音頭を取った法王が激怒するのも無理はありません。

てなわけで、仕切り直しとなった十字軍遠征。再び法王が高らかに聖地奪還を宣言したのですが・・・

どこも自国を守ることで精一杯

とにかく法王が強かった時代ですから、王様達も従わざるを得ない状況でしたが、各国とも王様が若かったり、周辺国との争いで、とてもじゃないけど、十字軍用に人を割くことなど無理。

どこの王様からも無理という回答が寄せられ、困った法王はイエルサレム王に白はの矢を立てます。

ご当地十字軍。ここに誕生

当時のイラスラム王は、法王から何かと援助してもらい、今の地位につけた人。救ってくれた人に足を向けることできない。

てなわけで、中東に住むキリスト教徒を集め、第5次十字軍をまとめあげるのでした。

これまでは十字軍と言えば欧州組でしたが、第5次ではご当時の兵士で構成したわけです。

これは十字軍の歴史の中では大きなトピックスとも言えるでしょう。

対するイスラム側は弱体化

対するイスラムはと言えば、サラディンという名将なき後、弟のアラディールが続き、キリスト教徒との平和的な関係が継続できていたのですが、彼も亡くなり、子の代になると、中東特有の仲間割れが勃発。

十字軍にとってはまたとないチャンスが偶然にも転がり込んだわけです。

イエルサレム返還を蹴る暴挙

まずは海港都市に狙いを定め攻略を進めた第5次十字軍。海からの攻め手は、ヴェネチア共和国ではなくジェノヴァ人。第四次ですっかり先に越されてしまい、挽回の意味もあったのでしょう。

戦果は上々で、あともう少しで陥落というところで、イスラムから停戦の提案が。それもイエルサレムを返還するという、とびっきりの提案でした。

イエルサレム王は賛成するも、同行した法王代理が、血を流してこその奪還ということで断固反対。加えてジェノヴァも商売的旨味はなしということで、法王代理の主張に乗っかるありさま。

こうして、イエルサレム奪還の好機を逃すというとんでもない失態を演じたのが第5次十字軍だったのです。

結局はアラディールの子のナイル川洪水大作戦にまんまとはまり、これといった戦利品を得ることなくほうほうの体で欧州に戻ることになってしまったのです。

何とも痛い話です・・・・

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ヴェネチア共和国主役の第4次十字軍

俺は評価しないよ。第3次十字軍

ライオンハートことリチャード王と中東のボス、サラディンとの間で友好的な契約がかわされ、聖地イエルサレムに平和が訪れました。

彼ら二人が亡くなった後も、次の世代もこの教えを守り、更新を続け四半世紀の間、この地に大規模な戦は起きませんでした。

が、この結果に納得しなかったのが時の法王。聖地巡礼も危険を伴わずできるようになったものの、イエルサレムの所有はイスラムのまま。

これが法王としては納得が行かず、かつ第三次十字軍は教会の関与が薄かったこともあり、自分自身が旗振り役とならなければ聖地イエルサレムは奪還できないとでも思ったのでしょう。

原点回帰を狙った法王

てなわけで、第三次十字軍の反省からか、国を納める王様達に声をかけず、地方都市を納める、有力諸侯に声をかけ、第四次十字軍の編成を企画します。

法王自らの声がけにひたく感動した地方都市の諸侯達は、次々と法王の考えに賛同し、それなりの規模の兵士が集まりました。

が、ここでひとつ問題が。これまで通り陸路を経由したイエルサレムまでの道程は危険極まりない。第二次十字軍、第三次十字軍が手痛い深手を負いましたので。

ので、海路経由で、聖地イエルサレムを目指すことになったのですが、大規模の軍勢を運ぶ船が全くないことに気づきます。

そこで、白羽の矢がたったのがヴェネチア共和国だったのです。

ヴェネチア共和国にすがる十字軍

海洋都市国家としてジェノヴァやピサもあり、彼らの交易は東地中海中心ということもあり、彼らに依頼するのが手っ取り早いのですが、西地中海、北アフリカに強いヴェネチアを選択します。

国としてのまとまり感があり、大量の船の建造の発注にも答えられるのがその理由でした。

個人商店が多いジェノヴァやピサは不安だったのでしょう。

とは言え、ヴェネチア共和国としても過去に例をみない建造物の量。果たしてできるかなという所もあったでしょうが、これをなんとか実現させてしまいます。

国でまとまっているということが、いかに強いかがわかります。

聖地ではなく目指すはコンスタンティノープル

船の準備もできたし、いざ出陣という矢先にまさかのお金を支払えませんというなんとも情けないお話が浮上。

ヴェネチア共和国もお金をもらえなければ、船は出せませんと出航を拒否。

ここからがエコノミック・アニマル、ヴェネチア共和国の本領発揮。商売人というのはいかに賢い生き物というのを実感しました。

ヴェネチア共和国は、彼らはの仕事上で使うある中継都市の攻略を十字軍側に借金の減額を交渉条件として提示します。

これを快く引き受けた十字軍は、ヴェネチア共和国と共に、その中継年を攻め落とすことに成功します。

さらに、当時世界最大のコンスタンティノープルさえも攻め落とすという偉業を達成するのです。

終わって見ればヴェネチア共和国を強くしただけ

てなわけで、結局の所、聖地イエルサレムに向かうことなく、コンスタンティノープル攻略で終わってしまった第四次十字軍。

何のために集まったのか疑問ですが、ヴェネチア共和国としては国力増強という点では大きな収穫になったのでしょう。

ヴェネチア共和国だけが、ただただ得をした第四次十字軍遠征としか僕には映りませんでした・・・。

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悲劇の若き王子。ポードワン4世

第二次十字軍遠征失敗

第一次十字軍遠征で見事、イエルサレムの解放を達成。悲願達成となったわけですが、慢性的な兵力不足は解放後、100年近くも続き、衛星都市のエデッサがイスラムの手に渡ってしまいました。

これを機に、満を持して第二次十字軍が立つわけですが、これが王様直々に参戦するも、エデッサ奪還はならず、イスラム勢に惨敗。

早々に欧州に帰宅するという惨状で、大いに十字軍国家の人たちを失望させました。

結局のところ、本国に頼らず少ない兵力だけども、皆力を合わせてイスラム勢に対抗しようとなったわけです。

劣勢の中での王位継承

当時のイエルサレム王、ポードワン3世は、ほぼほぼ戦場を渡り歩くほどの忙しさ。ゆっくりと休む時間もないまま、若くして亡くなってしまいます。

そんな中、即位したのがまだ15-16歳だったかと思いますが、ポードワン4世が即位します。

まだ右も左もわからない青年かと思いきや、早速改革に乗り出します。

これまで何かと政治に介入してきた母を政治から切り離しに成功。自分自身で国家を運営する土壌を作ります。

これが弱冠15-16歳かと思うと末恐ろしい。とにもかくにも歴代の中でもピカイチの有能な王様だったことは確かでしょう。

余命数十年という病に侵される

外交面では、イスラム勢との積極的な戦いは避け、有効的な関係を築いていきます。

とは言え、この約束が永続的に続くわけないのは承知済み。

しかも相手は、英雄、サラディン。何を仕掛けてくるかわからない怖さもあります。

加えて、ポードワン4世は、身体が溶けてしまうらい病に侵され、余命わずか。

いつ死が訪れるかわからないという状況の中、十字軍国家を運営していくのです。

最強ライバル。サラディン撃破

そんな彼を助けようと、十字軍内の結束力は高まり、休戦中ながらも小規模な戦はポロポロと発生し、その戦いでは先頭を走って敵陣に突っ込んでいったというのですから、胆力も相当なものだったのでしょう。

あのサラディンとの戦いで土をつけたのも、ポードワン4世。圧倒的に兵数で劣るものの、イスラム勢を撃破したのもポードワン4世の高い統率力があってのことだったのでしょう。

彼が生きていたら歴史は大きく変わっていたかも・・・

彼の素晴らしいところは、後継者育成にも手をつけていた点。

自分が死ぬとなると、お姉ちゃんの旦那が即位することになる。このダメダメ夫が十字軍を支えるとなると崩壊は目に見えている。

てなわけで、姉が再婚前の旦那との間に生まれた子供を弱冠6-7歳ながら、ポードワン5世として、十字軍国家の王位につけます。

自分が亡くなってからの国家運営にまで考えが及ぶ、この素晴らしさ。

もし彼が、生きていたら、その後の十字軍の歴史も大きく変わっていたことでしょう。

とにかく映画して欲しいほどの素晴らしい内容でした。

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ついにイエルサレム陥落

来る時が来たという感じ。

イエルサレム解放後、歴代の王様を悩ませていたのが圧倒的な兵力不足。

彼の地に留まることなく、目的達成とあらば本国に帰ってしまう輩ばかりで国を持続させていくという意識が希薄だったのでしょう。

とは言え、限られた兵数でもイエルサレムを守ることは十字軍国家としての宿命だったのでしょう。

イエルサレム解放から200年近く国家を存続させてきたのは、ある意味奇跡と言ってもいいでしょう。

敵対するばかりではなく、友好関係を結び休戦状態にするなど戦ばかりではなく、外交面でも奮闘してきましたが、万策尽きたと言ってもいいでしょう。

戦巧者のサラディン

イスラム側からすれば、イエルサレム奪還は宿願でもありました。

歴史的英雄のサラディンが、スンニ派、シーア派をまとめ上げ、喧嘩ばかりしていたイスラムを統一させたのは歴史に名を残す大事業だと思います。

ここで満足しないのが英雄サラディン。次なる野望はイエルサレム奪還とあいなったわけです。

これまで戦の経験から、城攻めが不得手なイスラム軍を見抜いていたサラディン。

そこで考えたのが、平場にキリスト勢を引き出して、そこで一気にたたくというもの。

まぁ、この誘いに見事にはまってしまい、キリスト勢は見事に大敗を喫してしまうですが・・・。

無血開城は双方にとって良いこと

平場での戦いで大敗した十字軍国家。イエルサレム内の兵士の数は少なく、まさに風前の灯火状態。

イスラム勢に攻め込まれたらひとたまりもない。そこである諸侯が、無血開城を条件に城を解放することをサラディンに伝えます。

これを潔く受け入れたサラディン。こうして数万人にも及ぶ市民の命は助かり、とは言え、莫大な身代金を用意したのですが・・・。

とにもかくにもこの無血開城を選択したのは、素晴らしいことだとおもいますね。

イエルサレム奪取後も、手を緩めず

イエルサレムを奪還したサラディンは、先を見通す力も優れていたのか、奪還後、数ヶ月の内に周辺の海港都市を攻め落とします。

これは欧州からの援軍が上陸できないようにするためだったんですね。

というわけで、援軍部隊は厳しい陸路を通ることとなり、イエルサレム到着までにかなりの時間を要するわけです。

獅子王リチャード出撃

このイエルサレム陥落は、欧州に大きな衝撃を与えることとなり、イエルサレム奪還を目的に第三次十字軍遠征が発動されました。

第一次、第二次は教会の人間が発起人となっていましたが、第三次はこれまでとは異なり、王様達が自発的に、教会の働きかけなく動いています。

で、あのイギリスの獅子王リチャード王、神聖ローマ帝国の赤ひげも出陣するなど、これまでの遠征とは比べものにならないくらいの規模での遠征となったわけです。

第三次十字軍の行方をどうなったのか。今から楽しみでなりません。

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散々だったよ。第二次十字軍遠征

十字軍国家を樹立したは良いけれど

十字軍国家を樹立したは良いけれど、聖地解放後は、実家に戻る人が後を立たず、慢性的な兵力不足に悩まされていた十字軍国家

イエルサレムに加え、衛星防衛都市エデッセ、アンティオキア、トリポリと戦線は広がり、防衛にはとって不向きな状態が続きました。

少ない人数で、数に勝るイスラム勢と台頭に戦えたのは、ある意味奇跡に近いと言ってもいいでしょう。

とは言え、限界を迎え、衛星防衛都市ともいえるエデッセをイスラム側に攻め落とされてしまいます。

北部から攻めてくるセルジュークトルコ人の防波堤として機能していた都市ですが、ここが陥落したことでイエルサレムの防衛がさらに深刻になったのです。

王様降臨。戦力十分

この状況を知ってか、知らずか本国では第二次十字軍遠征の計画が立ち上がることになりました。

第一次は有志の集まりとでも言いましょうか、各地方の諸侯が立ち上がり、烏合の衆と揶揄されるも開放という目的を達することができました。

で、第二次十字軍は、これらの諸侯を束ねる王様が満を持して参戦。時のフランス王とドイツの王様が自身の兵を率いて聖地、イエルサレムへの遠征を敢行したのです。

イスラム側に奪われたエデッセの奪還はもちろん、さらなる領土拡大も期待したことでしょう。

セルジュークトルコ戦でいきなり完敗。

とてつもない期待を背負った第二次十字軍ですが、最初のイスラム勢との戦いとなるセルジュークトルコ人の戦いでは完膚なきまでに打ちのめされ、早々に進路を変更。

第一次十字軍では完勝した相手なのに、全く歯がたたない。といのも第一次十字軍遠征から40年の歳月の間、セルジュークトルコ人側の武器や防具、そして戦術もかなり進化していたんですね。

と考えると、欧州側は、全く進歩していなかったってことになります。

4日間で撤退って。マジか?

海路を使い、何とかイエルサレムまで到達した第二次十字軍ですが、何を血迷ったか、奪われたエデッセに向かえば良いのに、中東の大都市、ダマスカスを攻略を選択します。

ダマスカスを攻略することで、十字軍ここにありと高らかに宣言したかったのでしょうか・・・

が、ダマスカス攻略もこれと言った成果を上げることもできず、エデッセから英雄ヌラディンが向かっていることを知り、わずか4日間で撤退することに。

その後もリベンジとは行かず、フランス王もドイツ王も本国に帰国されることとなったのです。

イスラム側の英傑、ヌラディン登場

てなわけで、第二次十字軍遠征前と同じ、慢性的な兵士不足に悩まされる状態に逆戻り。

加えて、仲の悪いイスラム勢をまとめる英雄ヌラディンが登場し、益々苦しい戦いを強いられることになったのです。続く。

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勇者揃いの第一次十字軍遠征

元々は法王の復権が目的

高校の世界史で学んだ位の情報しかない十字軍。中世ヨーロッパの歴史の中であまり触れられていないというのが僕の印象。

が、中世ヨーロッパの歴史を読むと、必ずと言っていいほど十字軍というのが出てくるですね。

その成り立ちや活動内容などをより深くしりたいということもあり、十字軍物語を読み始めした。

で、そもそもの成り立ちが時の法王による呼びかけ。聖地イェルサレムを開放しようではないかということで、各所に点在する諸侯たちが賛同して、この遠征が始まりました。

当時は神聖ローマ帝国の王様と権力争いしている最中。というよりも劣勢に立たされていたと言ってもいいでしょう。

その状況を打破すべく始まったのです。

烏合の衆の集まりで本当に大丈夫?

当時は都市国家で、日本で言えば戦国時代。群雄割拠の時代なのでまとめ役がいない状態。

諸侯クラスであれば、金にもの言わせて人集めはできますが、お金がないとそうもいかない。

中には一般ピープルだけを集めた雑草軍団まで、この遠征にいたというのですから、収拾がつかなかったことが容易に想像できます。

危険なイェルサレムまでの道のり

で、遠く離れたイェルサレムを目指すわけですが、東ローマ帝国領までは順調に移動できたものの、問題は小アジアを支配するセルジュークトルコ人。

東ローマ帝国の彼らに領土を削られっぱなしで全く歯が立たない状態。

が、そこは鉄製の防具に身を固めた十字軍。彼らが繰り出す矢のあめあられを振り払い、見事撃破に成功。

こうして難なく小アジアを突破してくのです。

一方のセルジュークトルコ人は、この戦でヨーロッパ人と正面切って戦うのは無理と早々に悟り、ゲリラ戦へとその戦い方を変え、以後、ヨーロッパ人を苦しめることに成功するのですが・・・

昔も変わらない争い続きのアラブ人

セルジュークトルコ人との戦いを制し、次々の都市を占領する十字軍。占領した都市を捨てて、イェルサレムを目指すのではなく、占領統治を進め、周辺都市に次々と十字軍国家を樹立。

今後の危険の芽を摘む戦法は非常にクレバーな感じがします。

次なる敵は、アラブ人。イェルサレムを支配している人たちもこの方々。

遠い場所から、ヨーロッパ人が攻め寄せてきたという危機感があるものの、都市間の仲が悪くなかなかまとまりがつかない。

てなわけで、これまた十字軍有利に戦いが進み、イェルサレムを彼らに奪われることとなったのです。

第一次十字軍は英雄揃いでしたが・・・

イェルサレム開放に成功した第一次十字軍ですが、これた占領行政を進めていかなければならない。

開放したら、はいさよならとは行かないわけですね。

こうして欧州から遠く離れた地に、飛び地という形で国家が樹立されてきたわけです。

数は圧倒的に劣る十字軍ですが、第一次十字軍は英雄揃い。少数ながらアラブ人との戦いに勝っていく様は、まるで映画のような話。

特に気に入っているのがタンクレディという騎士。この方、戦術に長けていたのか、この人が十字軍に残した功績は計り知れないと思います。

こうして第一次十字軍は無事、当初ミッションを完遂したわけです。

このあとの遠征はうまくいったのか今から楽しみです。

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歴史に葬り去られた感動秘話「この生命、義に捧ぐ」

日本軍人が台湾を救う

こんな映画のようなお話が実際に起きていたのに今の今まで世に知られてこなかったというのは驚きました。

話の内容は、陸軍中将根本博という人が蒋介石から受けた恩に応え、見事その恩に報いたというもの。

その恩とは台湾の建国と言ってもいいでしょう。

毛沢東率いる赤軍との戦争でほぼ敗色濃厚となった国府軍を助け、最後の最後に見事なカウンターパンチを食らわせたというもの。

このカウンターパンチが決まっていなかったら今の台湾はなかったと言ってもいいでしょう。

台湾

中国と台湾の歴史的背景を知るのにはもってこい

よく新聞などに取り上げられる中国と台湾の問題。中国にとって台湾は中国の一部であって独立国家ではないとう主張なんです。

というのも、第二次世界大戦後に、ほぼ完膚なきまでに台湾、当時で言えば国府軍を叩きのめしたわけです。

中華人民共和国の建国が全世界に発信したのもこの戦争の勝利を確信したものと言ってもいいでしょう。

なのに、台湾を独立国家と認めるものだから、この戦いの勝者は未だ決まらず休戦状態ですよと言っているようなもの。

中国が気分を悪くするのもわかるような気がします。

台湾

日本の軍人って頭の良すぎ

これも全て赤軍VS国府軍の最終決戦で国府軍が勝利したことが大きく影響しているのでしょう。

上海、重慶、厦門を制圧され、台湾に逃げ込んだ国府軍。両国の間にポツンと存在する小さな島、金門島が最後の砦となりました。

で、陸軍中将根本博は国府軍の軍事コンサルというポジションで次々と司令官に進言に行い、赤軍の上陸地点を見極めて上陸させてから一気に殲滅させる戦術を取ります。

加えて島に上陸した船を全て焼却することで、再び大陸への足を奪い、かつ増援部隊が送れない状況を作り上げたのです。

この一連の戦術を知り、この陸軍中将根本博という人がいかに頭の切れた人であるかがわかりました。

日本軍人は論理的というよりも根性論がまかり通る集団かと思いましたが、中には優れた人もいたんだと関心させられました。

台湾

なぜ歴史上から葬り去られたの?

では、何故、ここまでの大勝利をもたらした陸軍中将根本博がピックアップされてこなかったのか

台湾にとっては、この劇的な勝利を日本人の手を借りていたというのも、口が裂けても言えなかったのでしょう。

そっちの方が民意発揚にももってこいですし・・・。ということもあってか日本でも長く知られていなかったのです。

でも、こうして書籍として世の知ることとなり、嬉しい限りです。とにかく感動しました。映画化されることを切に願うばかりです。台湾