当時はファミコン全盛時代。
他のカセットに比べちょっと背の高かった「三国志」。友人に勧められて、プレイしたら、ドハマリ。当日は体力もあったので、徹夜して夢中になって天下統一を目指しました。
その影響もあり、ゲーム終了後、小説三国志にはまり、そこから日本の歴史小説も読み漁り、今なお歴史小説ばかり読む自分がいます。
これもあの時にプレイした「三国志」のおかげ。で、今回は、その開発者、光栄の社長であり、作家のシブサワコウさんのインタビュー記事に関して、興味深かったのでまとめました。
元々は染料問屋の息子
三国志の生みの親、シブサワコウさんの実家はなんと染料問屋。聞きなれない職種ですが、その当時はと言えば、外国勢に押されて、事業が立ち行かない位に逼迫していたようです。
繊維業とゲームってかなりかけ離れていきますが、どうやってゲームの世界に転身していったのでしょう。
奥様のいかしたプレゼント
きっかけは奥さんから誕生日プレゼントにもらったパソコン。当時の価格が26万円。初任給が6-7万円の時代ということを考えると、奥様もかなり奮発したのでしょう。
で、シブサワコウさんがすごいのは、このパソコンをムダにしてはならないと、独学でプログラミング言語を取得し、なんと財務管理やら、在庫管理、見積もりソフトまで作ってしまうというのだから、すごいバイタリティです。
自分も当時、35万円もするPower MACを買ったけど、全く使わず、ほぼ宝の持ち腐れでした。
自作ソフトが1万本以上のヒット
そんな中、趣味で作った「川中島の合戦」というソフトが大当たり。「マイコン」という雑誌に広告を出したら、ポツポツと注文が入り、しまいには郵便局の人がダンボールで配達するほどに売れていったそうです。
ゲーム業界への転身
この「川中島の合戦」のヒットを機に、シブサワコウさんはゲーム業界に転身することを決意。んで、あの大ヒット作品、信長の野望を開発することとなるのです。
信長の野望は、2014年に30周年を迎え、三国志は2015年に30周年を迎えました。発売されてはすぐに消えてしまうソフトが多い中で、30年も生きながらえるのは相当にすごいことだと思います。
何が起こるかわからない世の中
シブサワコウさんの場合、趣味がビジネスとして成功したという良き例かと思います。先行きどう転ぶかわからないけれど、それだからこそ楽しいという言葉に、あれこれ考えて、一歩を踏み出せない今の自分の不甲斐なさを重ね合わせ、これじゃあかんと奮起した次第です。で、何からはじめようかしら