家臣目線の戦国時代。「三河物語」一向一揆収束

今までとは毛色が違う家臣目線が面白い

信長、秀吉、家康などなど今まで読んできた歴史小説の主役は、皆全て親分の生涯を描いた作品ばかり。

信長の天下統一までの流れ、秀吉の全国制覇、そして家康の江戸幕府設立などなど。共通して言えるのは主要な戦、出来事を中心に描かれていて、その間、間に起きた小話がほとんど端折られているんですね。

ので、今回の三河物語を読んで、家臣の目線の戦国の世を語るのはある意味新鮮で、さらに戦国という世界が興味深いものになりました。

三河

主役は古参の大久保家

この三河物語の主役が家康の古参の家臣、大久保家の生涯を描いた作品です。家康のおじいちゃんの時代から岡崎松平家を支え、家康のパパ、家康と3世代にわたり、松平家を支えました。

家康のパパの時代は、今川家の元で極貧に耐えに耐えて支え、桶狭間合戦を経て松平家独立を成功に導くなど、その功績がなければまた歴史も大きく変わっていたと思います。

三河

話は桶狭間合戦後から

日本史の転換点も言える桶狭間合戦から話は始まります。当時、家康は今川家のいち家臣として織田家との戦に参加し、いくつかの戦いで戦果を収めるなどの活躍を見せます。

そんな矢先に、あの事件が起きます。ただ電話もネットもない時代。今川義元倒れるの報告に触れてもどこか信じられない。これで今川家の呪縛から解き放されると軽率な態度を取って、もし義元が行きていたら取り返しがつかない。家康謀反という理由で、逆に攻撃さらされる。

あくまでも撤退というカタチを取ってどっちに転んでも、いいようにとりあえず岡崎に待機というのは正しい判断だったと思います。

思慮深いというか、慎重というか、こうしたら相手はこう出るという所まで深く考え抜く、弱冠19歳ながらここまで考えが及ぶのですから、さすが天下人です。

岡崎城

松平家復活も一揆勃発で疲弊

十数年振りに三河の地に戻り、松平家復活を大喜びしていた矢先に、さらなる苦難が待ち受けていました。

それがお寺との争い。この時代、上杉謙信にしろ、織田信長、信玄も、一向一揆に頭を悩ませていたというのですから、家康も例外なくどうしたものかと悩んでいました。

その地域を納めるのは大名なのに、お寺周りは治外法権。ある意味聖域な訳です。税も徴収できないし好き勝手なことはするわ。んで、徳川家家の家臣とお坊さんとのいざこざをきっかけに、家康VSお坊さんとの戦が勃発します。

うな重

しかも、相手方には元徳川家の武士も多くいて、ある意味、内輪もめ的な戦だったわけです。

数も圧倒的にお坊さん側が多い。

それでも家康が戦場に立てば数で劣るも戦には勝利。この勝利を重ねることで互いに疲弊度も増し、休戦というカタチで和睦に向かいます。

この時、お坊さん側に立って松平家に楯突いた武士達を許したのが大きかったのでしょう。

これにより松平家の結束はより強固となり、次なる的今川家との一戦を迎えるわけです。

外に出る前に中をしっかりまとめた所が、その後の徳川家の快進撃につながったのではと思います。

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