駅前屋台の火は消えない日高屋が今熱い

残業が続きだとぷらっと寄りたくなる

残業続きだと家に帰宅してからごはんをつくるのも面倒。仮に作ったとしても寝る時間はさらに遅くなる。

てな訳で決まって、帰りの遅い日は日高屋に通う自分

あの看板を見ると自分の来店を待ち望んでいる気がして吸い込まれるように入店

決まりのコースはラーメンと中生。料理が出るのも早いし、値段も安い。周りを見渡すと結講、自分みたいな境遇の人が多く、一人客が結講います。

客足は途絶えることなく、また一人、また一人ポツポツと。皆も吸い込まれるように入店しているのでしょうか。

出店場所は駅前

日高屋の出店は駅前が基本。賃貸料は高いのにしっかりとペイできるというのは凄いの一言。これって会長のこれまでの経験が生きているそうです。

今でこそ皆の知る所の日高屋なので、不動産屋から物件が舞い込むようですが、2002年日高屋立ち上げ当初は、ラーメン店というだけで契約を渋られたり、契約直前に破棄されたりとつらい経験をしてきたそうです。

それでも折れずに駅前にこだわる会長。何がそうさせたのか、そこには、ある信念がありました。

駅前屋台という需要

高度成長期頃は駅前には屋台が乱立していたようで、日本経済が発展するにつれ、あまり目にしなくなりました。

ファーストフードや居酒屋、牛丼屋が駅前を席巻し、ラーメン屋台の入る隙がなくなっていきました。

が、会長は、駅前の屋台は需要があるはずと確信めいた信念を持っていました。居酒屋まで長居はしたくないけど、軽くお酒が飲めてご飯も食べられるような店

それが日高屋となって形づくられたのでしょう。中華料理屋でありながら、メンマ、お豆腐などお酒のつまみも充実。ちょっとひっかけるなら十分です。

これがいいではなく、これでいい。そこそこの味

あとは普通でいいの割り切り用。味を求めていくと、商品開発にお金はかかるは、オペレーションも大変になっていく。

その言葉に、どこかオーバークオリーティで採算割れしてしまうモノ作りの痛い話を思い出してしまいました。

確かに、うまいもんは食べたいけど、日高屋のそれは確かに普通な感じがします。ただ足を通せたくなるような素朴な味があることも確か

今後はさらに店舗展開を拡大していくことですが、今後の動向が楽しみです。