まさかの過去にビックリ。吉野家がセゾン傘下だった

牛丼最大手の吉野家

今でこそすき家にその座は奪われているものの、長きにわたり牛丼チェーン店で王座に君臨していた

BSE問題の時期は競合他社が豪州産の牛肉を使い、牛丼を再開したのに、アメリカ産の牛肉にこだわり約2年間、牛丼の販売を中止。

その徹底した味へのこだわり、ブランドを守る姿勢に深く感動したことを覚えています。

牛丼再開時には多くのファンがお店にかけつけニュースにも取り上げられていました。

そんな吉野家ですが、過去に一度会社が潰れていたというのだから驚きです。

牛丼

イケイケドンドンの社風

1980年、会社更生法を適用し、事実上の倒産を強いられることになりました。

で、買収に名乗りを上げたのが、ダイエーとセゾンでした。

当時のダイエーは小売業界で最も勢いのある会社。吉野家社内でも、社風の似ているダイエーに買収されることを望んでいましたが、蓋を開けてみたら真逆のセゾンに決定。

当時のセゾンも、最先端企業として認知されており、とんでもないブランド力を誇っていました。吉野家の社風が野武士なら、セゾンのそれはお公家さん

全くの対極にある社風なので、この結婚は、セゾン社内からも反対の声が大きかったそうです。

が、そこを当時のボス、堤さんが押し切って、吉野家を傘下に収めることとなったのです。

牛丼

大企業病にメス

その後、セゾン傘下の下、吉野家は異例のスピードで復活を遂げ、87年に更生手続を終了させ、グループ内でも有数の高収益企業として、セゾングループを支える孝行息子となったのです。

では、何故周囲の反対を押し切って吉野家の買収に動いたのか、吉野家の元社長安倍さんが思うに、セゾンの硬直化した社内風土を変えてやりたいとの想いが強かったと分析。

当時のセゾンは、自らがファッションを作り出しているというおごりのようなものがあったとか。それまでは、田舎デパートと揶揄され、なにくそという思いで、それこそ野武士的な精神が社内にあふれていました。

無印良品も高級ブランドに対するアンチテーゼとして、生まれたという背景があります。

それが失われつつある現状に危機感を覚えていたようです。

太陽

今の両者は

その後、セゾングループは解体され、吉野家も独立するわけですが、本丸の西武百貨店はイトーヨーカ堂の傘下に入り頑張っています。

両者ともに別々の道を歩んでおり、昔に比べるとかなり苦しい状況であることは確か。

買収して、買収されが当たり前の小売業界。この先、まさかあのお店とあの店が結婚ということも数多く発生することだと思います。